私は病気をして病院へ入院をしたことがない。唯一、入院したのは出産をした時である。入院するのは生まれて初めてのことで何だかドキドキしたのを覚えている。出産が近くなると病院から個別に説明があり、入院の際に
病院は、人が生きていく中で必要不可欠なものです。ですから、より良い環境を求めて病院を探します。そのより良い環境に必要なものを考えてみたいと思います。これはあくまで自分が必要だなと感じることなので、他の
病院は、人が生きていく中で必要不可欠なものです。ですから、より良い環境を求めて病院を探します。そのより良い環境に必要なものを考えてみたいと思います。これはあくまで自分が必要だなと感じることなので、他の
生まれてから実家を離れたことがなかった私。結婚して親元を離れてみて「生活」をするということをしみじみ感じた。まず、調べたのは郵便局や銀行、スーパーなどはもちろん、病院の情報や所在地だ。街の情報誌で調べ
最近、「病院はサービス業だ」という認識が広がりつつあります。「患者様に信頼される病院になるために」高い医療技術の提供に加えて、患者様に思いやりを持って接することによって、安心感、信頼感をもってもらうこ
年末が近づくと確定申告のことを考えます。我が家は、医療費控除の申請ぐらいしかないのですが、医療費控除を受けるには病院でもらった領収証が必要です。病院でうけとった領収証はとっておいた方がいいです。家族の
子どもが生まれたばかりの時、とくに第一子が生まれたばかりの時、よく熱を出した。ちょっとからだが熱いなと思い、熱を測るとすぐに40℃以上に上がっていた。顔はゆでダコのように赤くほてり、親としてはいてもたってもいられず、よく小児科に連れて行った。それでも夜には熱が下がらす、一睡も出来ないこともたびたびだった。休日にも熱を出し、よく休日診療所にかけこんだ。夜にも熱を出し、救急病院に走ったものだ。家には車が無いので、タクシーに乗り、深夜に救急病院にかけこんだ。いずれも、その場限りの診察となり、翌日にはちゃんと小児科に行くように言われる。子どもはもちろん、私自身もくたくたに体力を消耗した。ある時、休日診療所の看護婦さんに言われたことがある。「こんな、赤ちゃんを連れまわさずに、安静にしておいてあげたらいいのに・・・・」と。ちょっとショックだった。新米の母としては必死だった。少しでも早く治してあげたい、元気になってほしいという思いで、結果的には悪あがきになってしまっていた。今思えば、はたして、あんなに必死に病院にいく必要があったのかあったのかどうか、疑問である。でもその時、行く必要があるかどうかは、勝手な自己判断は禁物だと思い、ぜがひでも病院に連れて行った私。確かに、体力が弱っている子どもを、むやみに病院に連れていくことによって、あらたに別の病気に感染させることも考えられる。本当に診察が必要かどうかを見極めることは難しい。今となっては、少しぐらい熱を出したって大丈夫だということはわかるけれど・・・。本人の自己治癒力を鍛えることも大切だということもあるということも分かる。病医にいく必要があるのかどうかを判断できる、検査ロボット、実現してほしいものだ。
わが家は、6匹の猫と同居している。その中で一番新しくやってきたのは、仕事先で夫が見つけた子猫。最初は、すでに5匹もいるし…と通り過ぎたのだけれど、どうしても見捨てることができずに、連れ帰ってきたのだ。だが、その子猫。どうやら鼻風邪を引いていたらしく、目も鼻もクシュクシュ。体はやせ細り、ごはんも食べようとしない。一晩様子を見て、翌日、動物病院へ連れて行くことにした。少し話は変わるが、動物病院のお医者さんは、必ずしも動物系の資格しかもっていないわけではないらしく、メンタルケア、食育や、医療事務の資格を目指す方も一定数いるようだ。特にシカエルのようなサイトはある一定の人気を集めているようだ。治療の時に暴れないように入れておく洗濯ネットやタオルなど、必要なものを用意して病院へ。診察を受け、もらった薬を飲ませると、ずいぶんと元気になった。ごはんも食べられるようになった。ホッとしたのもつかの間、それから数日後、また具合が悪くなってしまった子猫。ふたたび動物病院を訪れ、今度は薬や栄養剤をもらって帰宅。ようやく元気になった子猫は「ドラ」という名前が付き、家中をところ狭しと駆け回っている。動物を飼うということは、愛情はもちろん必要だけれど、それと同時に責任も必要となってくる。具合が悪くなったら、家族同様に看病をし、必要であれば動物病院へ連れて行く。わが家のかかりつけの動物病院は、休日診療も夜間診療もしてもらえるので、急に具合が悪くなっても心強い。また、診察内容もていねいに話してもらえるので、安心だ。言葉で伝えることができない動物だからこそ、飼い主が安心して任せられるような診察をしてくれるというのは、動物病院にとって大切なことではないかと思うのだった。